五大陸の全てに、自らの名を掲げたレストランを約70軒展開し、セレブリティを含む多くのファンを有する世界的シェフ、松久信幸さん。文化の違いを超えて各地で愛され続けるシグネチャーディッシュの数々は、正統な日本料理の本質を踏まえた創意にあふれる美味なクリエイションです。パイオニアとして尊敬を、成功者として称賛を集めてなお、「料理はハート」という真摯なポリシーを日々全身で体現。その万丈のライフストーリーから紡ぎ出されたリアルな人生哲学を、3回にわたってお届けします。最終回は、日本料理をベースにした高級レストラン「NOBU」が世界中の人々に愛される理由に迫ります。
世界で愛される理由。日本料理の本質と“うま味”
「NOBUトウキョウ」の代表で、ビジネスチームの一人である娘の純子さんいわく、「タイミングを含め、父の的確な判断には驚かされます。最初は間違いに見えても、最終的には父が決めた方向に落ち着く。気付く力もすごいです。手を上げようと思っているお客さまが手を上げる前に、察したり。センスなのか、経験が培ったのか。見習いたいです」
日本料理をグローバルに広めた功績も計り知れません。NOBUの名を離れ、異国で定番になった料理も。またノブさんのレシピには、必ずエピソードがあります。例えば生魚が食べらないとヒラメの刺身を退けた顧客の女性に、たまたま厨房(ちゅうぼう)で加熱されていたオリーブオイルをふわっと回しかけて再び提供したら、完食するほど気に入って…。
「こちらもプロです。食材の新鮮さ、品質は確かでした。お客さんの希望をかなえよう、新しいメニューを試してもらおうという努力もしていましたが、遊び心もあった気がします。ベースは日本料理ですから、クオリティやシンプルさ、クリーン、テイスティという要素は守り続けてきました。シンプルな食べ物は飽きないし、また食べたくなりますよね。白いごはんに焼き魚、お味噌汁におしんこ。そこには、うま味があります。イタリアに行けばチーズやトマト、中国ならエビや干したものになるでしょう。僕の料理の原点はうま味です。その国のうま味や食材といった料理文化の原点、ハートに響く味が各地のNOBUにあります」
銀だらの西京焼きといったシグネチャーディッシュは、世界NOBU中のNOBUで同じレシピによって供され、ファンがどの国で食べても“ホームに帰った”と感じる味を大切にしています。そして、日本料理の本質を守る。あとは各地のシェフの裁量で。料理人には自由な創造性が不可欠だという、ノブさんの方針です。
「料理も一つのファッションですから、シェフたちの感性で料理を進化させることが大事なんです。実はNOBUの各店にはキャラクターがあります。だから僕がいなくても、お客さまは店に来てくださる。シェフが主人公だと本人がいない店は違うものになりますが、NOBUは店が主人公。僕はおまけなんです」
NOBUが40年近く世界各地で愛される理由を垣間見るようです。
「毎日の積み重ねですから簡単なことではありませんが、以前は僕一人でやっていたことが、例えば食材の仕入れ、仕込み、料理、お客さまへの説明…幾つものチームが動いています。次のジェネレーションも育てていかなければ。その全てにおいてハートがあるかが、やはり、店の発展を左右します」
愛情こそモチベーション。一日一ミリでも前へ
「寿司屋になってよかった」と屈託のない笑顔で話すノブさんは、今も成長の途上にいると話します。
「夢を実現した実感はないんですよ。まだ一つの過程にいる感覚です。生きている間は全てが過程。明日へと続きますから。確かにあらゆる面で豊かになりましたが、それが成功とも思っていません。やり切ったと思えば、そこで成長は終わります。常に過程にいる意識を持って、生きていきたいんです。今の自分をどこまで続けられるかは、“生きる”という一つのチャレンジです」
数年前にはがんを患い、放射線治療に専念した時期も。「コロナ禍でしたから“いい時にいい病気をもらった”と考えてました」と、ご家族の愛情への感謝と共に振り返ります。“愛情”もノブさんが挑戦を続ける、大きなモチベーション。
「愛情とは幅広いものですよね。自分なんてどうでもいいと思った時期があるからこう考えるのかもしれませんが、常に前向きな姿勢で健康で生きようとすること自体、自分に対する愛情ではないでしょうか。人にもそうあってほしいと思うのは、相手への愛情。料理をおいしく作ろうと思うことも、愛情です」
もう一つ、ノブさんの説得力に満ちた人生哲学を、エールとして。
「失敗を恐れずに、チャレンジを。失敗を恐れてやらないより、やって失敗するほうが大きな学びと成長の機会になります。自分なりのやり方で、一日一ミリでいいから前に進む努力を。いずれ自分の頑張りが必ず自信になります。頑張ってよかったと思えることは、本当に幸せです」
【家族の存在と、テーブルウェアのデザイン】
「女房がいてくれたから、今の自分がある」と、家族への感謝を語っていたノブさん。妻・洋子さんは結婚後すぐペルーに渡り、ほぼ全ての海外生活を支えてきました。今では娘の純子さんもビジネスに参加し、オリジナル食器「ノブ マツヒサ オリジナル ディナーウェア」などを担当。シンプルな美しさでどんな料理も映えるデザインは、ノブさんが自ら。指紋が皿に残らないよう縁をマット仕上げにするなど、シェフの知恵が生かさています。
「NOBU TOKYO」
所在地/東京都港区虎ノ門4-1-28 虎ノ門タワーズオフィス1F
営業日/ランチ〈平日〉11:30~13:45(L.O.)〈土・日曜日、祝日〉12:00~14:00(L.O.) ディナー 18:00~21:00(ドアクローズ)
定休日/不定休
料金/ランチコース¥6,800、¥12,800 ディナーコース¥14,000、¥18,000、¥28,000
※[全てサ別]。アラカルトもあり。
TEL/050-3145-0011
URL/noburestaurants.com
ノブさんの彩り豊かな半生がつづられた著書。
『お客さんの笑顔が、僕のすべて!世界でもっとも有名な日本人オーナーシェフ、NOBUの情熱と哲学』
松久信幸 著 ダイヤモンド社 ¥1,760
問い合わせ先
ホソオ トウキョウ
TEL/03-6225-2245
URL/www.hosoo.co.jp
初出:リシェスNo.54 2025年11月28日発売
PHOTOGRAPHS:HIROAKI ISHII
INTERVIEW:MAYUMI YAWATAYA
EDITING:YUKO KAMIYAMA
















